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温暖な気候にあこがれて移住を決めた目黒輝美さん=沖縄県国頭村 ビニールハウスが並ぶマンゴー畑で、今後の夢を描く目黒輝美さん=沖縄県国頭村 移住に向けて地元住民と意見を交わす目黒輝美さん(右)=沖縄県国頭村 新居の間取りを確認する目黒輝美さん=沖縄県国頭村 海岸沿いから一歩入ると、のどかな風景が広がる=沖縄県国頭村
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温暖な気候にあこがれて移住を決めた目黒輝美さん=沖縄県国頭村

ビニールハウスが並ぶマンゴー畑で、今後の夢を描く目黒輝美さん=沖縄県国頭村

移住に向けて地元住民と意見を交わす目黒輝美さん(右)=沖縄県国頭村

新居の間取りを確認する目黒輝美さん=沖縄県国頭村

海岸沿いから一歩入ると、のどかな風景が広がる=沖縄県国頭村

  • 温暖な気候にあこがれて移住を決めた目黒輝美さん=沖縄県国頭村
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  • 移住に向けて地元住民と意見を交わす目黒輝美さん(右)=沖縄県国頭村
  • 新居の間取りを確認する目黒輝美さん=沖縄県国頭村
  • 海岸沿いから一歩入ると、のどかな風景が広がる=沖縄県国頭村

温暖な気候にあこがれて移住を決めた目黒輝美さん=沖縄県国頭村 ビニールハウスが並ぶマンゴー畑で、今後の夢を描く目黒輝美さん=沖縄県国頭村 移住に向けて地元住民と意見を交わす目黒輝美さん(右)=沖縄県国頭村 新居の間取りを確認する目黒輝美さん=沖縄県国頭村 海岸沿いから一歩入ると、のどかな風景が広がる=沖縄県国頭村

温暖な気候にあこがれて移住を決めた目黒輝美さん=沖縄県国頭村

ビニールハウスが並ぶマンゴー畑で、今後の夢を描く目黒輝美さん=沖縄県国頭村

移住に向けて地元住民と意見を交わす目黒輝美さん(右)=沖縄県国頭村

新居の間取りを確認する目黒輝美さん=沖縄県国頭村

海岸沿いから一歩入ると、のどかな風景が広がる=沖縄県国頭村

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  • 移住に向けて地元住民と意見を交わす目黒輝美さん(右)=沖縄県国頭村
  • 新居の間取りを確認する目黒輝美さん=沖縄県国頭村
  • 海岸沿いから一歩入ると、のどかな風景が広がる=沖縄県国頭村

 元旦の沖縄は、セーターがいらなかった。うっそうとした緑と、一面に広がる青い海。山深く、雪に覆われる兵庫県佐用町とは全く異なる風景に、目黒輝美さん(75)は「思い描いていた夢とぴったりの場所」と感じた。

 2019年1月1日、沖縄本島最北端の国頭村。国指定の天然記念物、ヤンバルクイナとマンゴーで知られる南国の役場で、目黒さんは経済課係長の樋口淳一さん(43)に移住の相談をしていた。

 生まれ育った兵庫県佐用町で、社会福祉法人「はなさきむら」の理事長を務める。前身の小規模作業所を1998年に立ち上げて以降、障害者のグループホームや高齢者の特別養護老人ホームなどの運営などを手掛け、利用者が150人を超えるまでに成長した。

 その実績をいったんリセットし、夫の有博さん(59)とともに新たな福祉事業を立ち上げる。「後期高齢者の挑戦ね」と開けっ広げな目黒さんが選んだ地が、国頭村だった。

 兵庫県内でも少子高齢化が顕著な佐用町の人口約1万6千人に対し、国頭村は5千人足らず。今春には、小学校2校が休校した。

 過疎地で福祉に携わってきた自身の経歴が、同じ課題を抱える村の活性化につながれば-。目黒さんの事業計画を丁寧に聞き取っていく樋口さん。法人の運営で忙しく、年末年始のわずかしか時間がとれない目黒さんのために、正月休みを割いて対応してくれた。

 面談時の印象を、樋口さんが率直に振り返る。

 「やっぱり、70代という年齢が気になっていたんです。でも、話してみると、若者にはない経験があって、自分の考えをしっかり遂行できる人だなと」

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 目黒さんは、1944(昭和19)年、現佐用町の中安村で生まれた。佐用高から県立姫路短大(当時)を経て大学職員になったが、教師の夢を実現するため、立命館大に入り直して教員免許を取った。

 74年、採用試験に通った神奈川県の盲学校で教壇に立つ。突きつけられたのが、健常者と明確に区別された生徒の就職問題だった。マッサージ師や鍼灸師といった資格を取るか作業所に通うか、ほぼ二択に限られていた。

 「障害の有無にかかわらず、可能性を広げられる社会をつくりたい」

 16年勤めた盲学校を辞め、91年に英国・リーズ大に留学。多様な職業選択が可能な社会構造に触れ、その実践の場として、故郷の佐用で事業を続けてきた。

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 子宮内膜症により、40代で子宮を摘出。60代で乳がんと肺がんを相次いで発症。70代に入ってからも、背骨の圧迫骨折を2回-。

 これまでの病歴を指折り数えながら、目黒さんが笑う。「いろんな病気を経験して、ヨボヨボのおばあちゃんになるかと思ったけど、意外にしゃんとしてるのよね」

 好きなことをして生きるという人生のモットーを畳むには、まだ早い。幸い、法人を支える後継者も育っている。漠然と夢見ていた、マンゴーを育てながらの南国暮らしをかなえようと思い立った。

 インターネットなどで候補地を探し、国頭村にたどり着く。樋口さんら地元の人たちの好意的な対応に、必要とされる喜びを感じ、第二の人生への決意が固まった。

 法人の理事長職を辞し、今年7月に村の定住促進住宅に住民票を移した。来春の本格移住に向けて、法人の引き継ぎや関係機関との調整、事業計画の検討などを続けている。

 描くのは「農福連携の町おこし」。マンゴーなどの農作物の栽培、加工を手掛けるグループホームと多機能型事業所を開設する。地元の利用者を集めるのではなく、全国から移住してきた障害者を雇用するというのが最大の特色だ。

 「障害者の生活には、彼らを支える人が必要になってくる。一般的な健常者だけの町おこしより、実は効果が大きいんですよ」

 新天地での生活に、年齢が気にならないといったらうそになる。だが、「『当たって砕けろ』に老いも若いもない」という生来の前向きさが、不安を期待に変えていく。

 現地でのあいさつ回りが続く9月、初めてかりゆしを買った。落ち着いた朱色に、淡い花柄が映える。沖縄人の正装に袖を通すと、心地よさが広がった。

(小川 晶)

 1944年生まれ。佐用高校、兵庫県立姫路短大(当時)を経て大学職員に。その後、立命館大に入学し、教員免許を取得して盲学校教諭となった。91年に英国・リーズ大へ留学。98年から佐用町周辺で小規模作業所やグループホームなどを運営してきた。

2019/10/15

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