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「永仁の壺ではないか」。特徴を説明する松原賢政さん=姫路市土山東の町
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「永仁の壺ではないか」。特徴を説明する松原賢政さん=姫路市土山東の町
壺の周囲には「永仁」などの文字が読み取れる
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壺の周囲には「永仁」などの文字が読み取れる

 「永仁の壺(つぼ)」かもしれない-。昨年末、兵庫県姫路市内の骨董(こっとう)品収集家から、こんな情報が寄せられた。永仁の壺とは約60年前、「鎌倉後期の傑作」として国の重要文化財に指定されながら、実は偽物だった品。戦後の一大贋作(がんさく)事件ともいい、姫路で見つかれば大ニュースだ。しかし取材を進めると、意外ないきさつが明らかに…。(井沢泰斗)

 壺を手にするのは、姫路市の電子機器メーカー「大成化研」会長の松原賢政さん(79)。20代から国内外の骨董集めに心血を注いでおり、くだんの壺は2019年11月、知人から託された。

 高さ26・5センチ、直径最大17・5センチ。「瓶子」と呼ばれる昔の酒器で、周囲に「永仁二甲午十一月日」などの文字が彫られている。「瀬戸焼らしいあめ色や文字から見て、本物ではないか」。松原さんは期待を込めて壺をなでた。

 松原さんは「本物」というが、本をただせば「偽物」だ。1960年、著名な陶工加藤唐九郎が「自分が作った」と明かし、スキャンダルに発展。その壺がいま、姫路にあるということか。

 まずは、唐九郎の地元から攻めよう。愛知県瀬戸市の県陶磁美術館に尋ねてみた。「もちろん事件は知っていますが…。壺の行方は分かりません」。学芸員からはゼロ回答だった。

 続いて、唐九郎の作品を所有する東京の美術商を見つけた。「記念館にあると聞いたことがある」。事件で表舞台を追われたはずの唐九郎に、記念館があるのだろうか。

 あった。名古屋市の唐九郎陶芸記念館。そして壺もそこにあった。唐九郎と親交のあった元技術官僚で、エフエム愛知社長などを務めた故本多静雄氏を経て寄贈されたそうだ。

 では、姫路にある壺は何なのか。本多氏の著書に答えがあった。事件の後、なんと「永仁の壺」の偽作が流行したという。世間の注目度の高さから瀬戸の陶工が売り出したところ人気を集め、それに目を付けた業者が大量生産を始めた。「数万個が全国へ流れた」と著書に書かれている。

 つまり、偽物の偽物。現在もインターネットのオークションサイトには、数千~数万円の値で「永仁の壺」がいくつも売り出されている。

 取材結果を知らせると、松原さんは「そうですか…」と落胆しつつ、「この壺を作った陶芸家も『贋作』を作ろうとしたのではなく、できるだけ『本物』を再現しようと努力したのでは」。

 そして、こう続けた。「珍しい中国の『飛青磁』があるんです。調べてもらえませんか?」

【永仁の壺事件】 1943年頃、愛知県東春日井郡上志段味村(現・名古屋市守山区)で発掘されたとされ、59年に「鎌倉時代の古瀬戸」として国の重要文化財に指定された。しかし、研究家から指摘が相次ぎ、60年、陶工加藤唐九郎が「私が1937年頃に作った」と発表。鑑定を経て61年、文化財指定は解除された。唐九郎は無形文化財の資格を奪われ、重文指定を推薦した文部技官が辞任するなど大騒動に発展した。

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