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復興土地区画整理事業が行われた御菅西地区の調査に取り組んだ宮定章さん=神戸市長田区御蔵通5
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復興土地区画整理事業が行われた御菅西地区の調査に取り組んだ宮定章さん=神戸市長田区御蔵通5
震災前の1995年1月(左)と震災後の2019年10月の御菅西地区。青色は住宅や店舗、工場などを表す。
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震災前の1995年1月(左)と震災後の2019年10月の御菅西地区。青色は住宅や店舗、工場などを表す。

 阪神・淡路大震災で建物の8割が全半壊し、復興土地区画整理事業が行われた神戸市長田区の御菅(みすが)西地区(4・5ヘクタール)で、被災後に住まいや仕事の拠点を地区内で再建した人々が3割にとどまっていることが、まちづくり支援団体の調査で分かった。当初は多くの住民が地区内での住み直しを望んだが、受け皿となる復興住宅の整備や事業完了に時間を要したことが影響した。団体側は「所有地での仮設住宅建設を認めるなど、地域から住民を離さない仕組みが必要だ」と訴える。(金 旻革)

 御菅西地区で活動する認定NPO法人「まち・コミュニケーション」が2000年以降、建物の再建状況などを調査。昨年10月には戸数の変化を調べた。同地区では同区御蔵通5、6と北町3の一部が区画整理の対象で、05年に完了した。

 木造の長屋や店舗、工場などが軒を連ねる密集市街地だった同地区。420戸あった建物のうち震災で83%に当たる347戸が全半壊した。火災で一帯は火の海に包まれ、28人が命を落とした。

 調査によると、現在の建物数は計323戸に上り、震災前の77%まで回復した。区画整理で二つの公園(計2500平方メートル)が新設され、道路も拡幅。さら地はほぼなくなり、外形上はまちの復興を終えた状態と言える。

 ただ、地区内で住宅や仕事の拠点を再建した被災者は95戸のみだった。住宅65(震災前283)▽店舗18(同75)▽工場12(同62)-といずれも震災前より減少し、被災者は郊外などの転出先で新たな生活や事業の拠点を築いたという。区画整理の対象エリアは仮換地指定まで建築制限がかかるため、人口が戻らない地区で店舗再開を断念した店主も少なくないとされる。

 「特に土地や建物を持たない借家人はほとんど戻れていない」と同法人の宮定章代表理事(44)は話す。震災前に暮らしていた借家人164戸のうち、戻ったのは16戸と1割を切る。借家人が住み直すための行政施策は乏しく受け皿となる復興住宅2棟(計94戸)が建設されたが、完成は1999年で震災から4年の歳月が経過。「待ちきれず市街地より早く整備された郊外の復興住宅を選んだ人は多い」

 地元のまちづくり協議会は95年9月、住民ら444人を対象にアンケートを実施。回答した196人のうち約7割が「地区内で住宅を再建したい」と答えていた。宮定代表理事は「コミュニティー再生の視点に立った復興をいま一度見詰め直すべきだ」と話す。

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