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神戸市文書館が所蔵する「大日本国防婦人会神戸本部須磨第五分会」の文書
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神戸市文書館が所蔵する「大日本国防婦人会神戸本部須磨第五分会」の文書
「大日本国防婦人会」の女性たち。各地の会員は、かっぽう着にたすき姿で活動した(芦屋市提供)
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「大日本国防婦人会」の女性たち。各地の会員は、かっぽう着にたすき姿で活動した(芦屋市提供)

 戦時中、出征する軍人の見送りや傷病兵の慰問などを行い、直接戦闘に加わらない「銃後」として戦争を支えた女性団体があった。「大日本国防婦人会(国婦)」だ。神戸市文書館(神戸市中央区)は4年前、組織の一部だった神戸の「須磨第五分会」の活動内容を記した文書を入手した。太平洋戦争の開戦から8日で78年。専門家は「戦争協力に関連する文書は廃棄されやすく、大変貴重な史料」とする。(杉山雅崇)

 同館が古書店から入手した。須磨第五分会があった現在の神戸市須磨区離宮前町周辺は、大戦末期の神戸空襲で大きな被害を受けており、所持していた会員の手で焼失を免れたとみられる。

 文書は、おおむね1937(昭和12)年から5年の間に作成されたもの。上部組織の「神戸地方本部」から送られてきた通達や会員名簿、会則など約10点の冊子から成る。

 太平洋戦争が始まった41(同16)年、神戸地方本部が作ったとみられる「昭和十六年度指導方針」と題された冊子は、会員に呼び掛ける強烈な一文で始まる。

 さあ愈々(いよいよ)容易ならざる事態に到達しました。今年こそ非常時中の非常時緊迫苦難の最高峰です。身も、金も、物も一切を投げ出し、真剣に総力を発揮して君国に奉仕しなければならぬが、皆さん覚悟はよいですか。用意は十分ですか。

 その後も冊子は、会員に「国策の命ずるところに不平不満や理屈を言ってはいけない」などと訴え、積極的な軍への協力を求めた上で「(国民の)自我功利は絶対禁物である」とする。

 文書には、会員の活動を表彰する欄も。同分会所属の女性たちは約3年間にわたり、軍用列車が須磨駅に停車すると「砂糖水、菓子、麦茶、絵葉書(はがき)、煙草(たばこ)等」を兵士に無償で配ったとし、「(軍の)激励ニ努メタリシコト九回」と記されている。

 地域女性史に詳しい滋賀県立大の京樂(きょうらく)真帆子教授は「神戸港での遺骨の出迎え方のマニュアルや、明石市で開かれた傷病兵慰問のための運動会など、独特の記述があり興味深い」と史料を評価する。

 また、同会の活動について「女性の社会活動が少なかった時代、国婦の事業は女性たちにとって『楽しい自己表現の場』でもあった」と指摘。「女性同士で慰問会などの段取りをし、活動記録を作るという経験が生み出す充実感と感動は、会員を増加させる原動力になっていた」と分析する。

 その上で「女性が戦争に協力したことを単純に批判するのでなく、こうした活動でしか自己表現ができなかった当時の社会状況こそが批判されるべきだ」としている。

【大日本国防婦人会】1932(昭和7)年3月に大阪府在住の主婦たちが自主的に結成した「大阪国防婦人会」を前身とし、同年に発足した婦人団体。東京の本部を頂点に、地方本部(軍の連隊区ごと)、分会(町村単位)、班(集落単位)から成るピラミッド構造だった。軍部の支持と指導の下、各地で急速に会員数が拡大し、出征軍人の歓送迎事業や防空演習などを担った。

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