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がんの早期発見に努める山崎克人医師=栄宏会小野病院
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がんの早期発見に努める山崎克人医師=栄宏会小野病院

 温厚な笑顔の影に語り尽くせない悲しみがあっただろう。物理学者を目指し研究していた大阪大学大学院生時代、父良三さんを亡くした。49歳の若さで喉頭がんだった。早過ぎる親の死に「科学者として何もできなかった」と悔いた。

 すぐさま医学の道を志し、1975年春、神戸大医学部に入り直し、亡き父に「がんで死ぬ人を科学の力で減らす」と誓った。以来、科学と医学の両面からアプローチする手法を用い、研究や臨床の現場で多くの人を救ってきた。

 大阪市旭区生まれ。神戸大卒業後は同大医学部付属病院(神戸市)で、物理の知識を生かせる放射線科医になった。その後に進学した大学院でも研究を重ねて医学博士に。88年からは国費でカリフォルニア大学サンフランシスコ校に留学、脳や骨の診断に使われる磁気共鳴画像装置(MRI)の研究に打ち込んだ。

 転機が訪れたのは、帰国後に復帰した神戸大医学部付属病院でのことだった。95年の阪神・淡路大震災で病院は半壊。混乱の中、診察などに追われて無理を重ね、難病の拡張型心筋症と診断された。重症で余命3カ月と告げられたが、末の子は、まだ3歳。「まだ、死ねない。生き延びなければ」と強く願った。幸い、新薬が効いたのか病は快方に向かった。

 「死に直面した患者さんの気持ちがよく分かった。今から思えば医師として良い経験だった」と振り返る。

 その後も、がん患者を助けたいとの思いは強く、大型放射光施設スプリング8(兵庫県佐用町)で研究し、99年には直径0・1ミリのがん細胞撮影に成功した。それまでエックス線では5ミリのがんを見つけるのが限界とされていたが、放射光を使って解像能力を50倍に高めた。父の命を奪った病の早期発見に向け、大きな一歩を踏み出した。

 2006年からは神戸大大学院の特務教授として、遺伝子レベルで病理を解明する「ゲノム医学」の研究者を増やす活動に取り組んだ。甲子園大教授などを経て、17年からは同県小野市天神町の栄宏会小野病院で内科医として患者を迎える。

 同病院でも新たな分野への挑戦を続ける。高齢化の進展による介護職員の不足を見据え、情報通信技術(ICT)を活用した介護支援システムの開発と実用化を目指し、研究会を立ち上げた。スプリング8を利用した研究で指導していた工業高等専門学校の教授らが仲間に加わった。

 高齢者が着用するベストに電線を通し、電流の流れる時間差によって肺の動きなどを確認する呼吸センサーは実用化目前だ。ほかにも高齢者の爪に付けて心拍や呼吸の異常を感知するセンサーや、1人暮らしの高齢者の転倒監視システムなど開発は幅広い。「科学の力で、介護が必要な高齢者を助けたい」と話す。

 今は、早期にがんを見つけて患者さんが救われた時や、元気になった時が一番うれしいという。「父との約束を果たそうと走り続けてきた。これからも自分の力を信じて少しずつ前に進んでいきたい」。医師として生涯現役を貫くつもりだ。(笠原次郎)

     ◇     ◇

【記者の一言】米国の大学で当時最先端だったMRIを研究し、スプリング8では微細ながん細胞の撮影に成功した。輝かしい経歴に触れ、小野の病院で出会ったのが「奇跡」と思ってしまう。

 取材時にも文系の記者に難解な医学用語を辛抱強く、分かりやすく解説してくれた。温厚で優しさあふれる笑顔が印象的。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ということわざを体現している人だと思う。

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