三木

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合併協議会の表札を手に、握手する三木市長の加古房夫氏(左)と吉川町長の岩波勉氏=2004年4月1日、三木市役所
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合併協議会の表札を手に、握手する三木市長の加古房夫氏(左)と吉川町長の岩波勉氏=2004年4月1日、三木市役所
市長を退任し職員に見送られる加古房夫氏ら=2006年1月20日、三木市役所
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市長を退任し職員に見送られる加古房夫氏ら=2006年1月20日、三木市役所

 10日に89歳で亡くなった元兵庫県三木市長の加古房夫氏は、旧細川町役場時代から約40年の公務員生活を経て4期16年を務めた。吉川町との合併をはじめ、山陽自動車道開通や三木総合防災公園の開園、市庁舎建設といった多くの節目に携わった。

 加古氏の市長在任中、8年間助役を務めた高畠末暢さん(85)=三木市=は「おおらかで、職員ら周りの意見を十分聞いてくれた」と振り返る。1960年代から、庁内の仕事などで2人の縁は深く、組織のスリム化実現にも尽力した。

 高畠さんが三木高校時代に創設した野球部は、2002年に選抜大会に初出場。当時、市長だった加古氏から「よう頑張った。良かったなあ」と祝福を受けた。亡くなる直前まで病院へ見舞い「兄貴のような存在。人生で一番いい出会いだった」と感慨を込めた。

 05年の吉川町との合併時、町長だった岩波勉氏(75)=同市=は「お世話になり、感謝の気持ちでいっぱい」と話した。当時、町内で意見は割れたが、三木市とは警察・税務など行政の結びつきが強く、協議を進める中でも「互いの信頼関係は強かった」と振り返った。

 加古氏の市長時代とほぼ同時期に三木市議を務めた米沢修二さん(70)=同市=は「誰にも敬語を使わず、周囲が恥ずかしくなるほど大声で笑った。温かくて人間味のある人だった」。加古氏が3選を懸けた市長選では対立候補を推したが、尾を引くことはなかったという。「恵比須駅前の開発、街灯の設置といった訴えを是々非々で実行してくれた」とたたえた。(井川朋宏、大橋凜太郎)

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