北播

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1889年に誕生した重春村の役場跡地=西脇市野村町
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1889年に誕生した重春村の役場跡地=西脇市野村町
ここが重国郷であったことを残す県道交差点の歩道橋=西脇市野村町
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ここが重国郷であったことを残す県道交差点の歩道橋=西脇市野村町
神戸新聞NEXT
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 JR西脇市駅(兵庫県西脇市)周辺には、市内8地区で最も人口の多い野村地区が広がる。駅東側の野村町2区には、1889(明治22)年に誕生し、西脇市政が始まる1952(昭和27)年まで続いた重春村の「役場跡地の碑」がひっそりと立つ。重春地区は、野村町周辺の7町でつくる8地区の一つ。でも、「重春」と名の付く役場跡地も重春小学校も野村地区にある。

 分かりにくい話だ。ひもとくと重春村は、現在の板波、野村、高松、和布の各町で構成される「重国郷」と、谷、高田井、和田の各町からなる「春日郷」の頭文字を取って名付けられた。重春地区に属していた野村町は離脱して82年、正式に野村地区に。そのため、野村町には重春村の名残が、そこかしこに刻まれる。

 役場跡から市郷土資料館の菅澤敏弘さん(41)と共に野村地区を歩く。JR鍛冶屋線跡にできた遊歩道から住宅街に入ると、重春村の村長を36年間務めた東田経吉(つねきち)氏の功徳碑がある。菅澤さんは「(現在の西脇市駅である)野村駅の開業と共に、この駅をJR加古川線との分岐点にするよう奔走した、先見の明のある人」と評する。

 遊歩道から、2006年の国体でソフトボールの競技会場となった野村公園に続く階段を上ると、重春小の校門跡である石柱も見られる。1912(明治45)年~72(昭和47)年、同小は今の野村公園にあった。

 西側へ進めば、商店が立ち並ぶしばざくら通り。通りの南端、野村西交差点にある歩道橋は72年の建造だが、重国郷の「重国歩道橋」の名称が付く。さらに南へ進めば、野間川にかかる「重国橋」。ここもまだ野村地区である。

 普段、何げなく見ている日常の風景。そこには土地の記憶が深く刻まれている。(長嶺麻子)

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