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第1次世界大戦の捕虜収容所に関する新聞記事を集めている岩井正浩さん=神戸市須磨区
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第1次世界大戦の捕虜収容所に関する新聞記事を集めている岩井正浩さん=神戸市須磨区

 第1次世界大戦で日本に収容されたオーストリア・ハンガリー帝国とドイツの捕虜について、「青野原俘虜収容所」(現兵庫県加西市青野原町)などにまつわる新聞記事を神戸大名誉教授の岩井正浩さん(74)=神戸市須磨区=が集めている。図書館から探し出した記事は約680本。そこからは捕虜の生活ぶりや日本人から見た彼らの姿が浮かび上がる。(森 信弘)

 岩井さんの専門は音楽人類学。1996年から徳島県の文化財保護審議委員を務め、ベートーベンの「交響曲第9番」をアジアで初演した「板東俘虜収容所」(徳島県鳴門市)の関係資料を世界記憶遺産に登録する取り組みにも関わっている。音楽について調べる中で捕虜の生活にも興味を持ったという。

 記事は、2015年ごろから神戸市立中央図書館や国会図書館で集めた。神戸新聞をはじめ神戸又新日報▽鷺城新聞(播磨で発行)に加え、兵庫県で発行されていた大阪朝日新聞と大阪毎日新聞を読み込んだ。

 日本に捕虜収容所があったのは1914~20年。15年9月にできた青野原には約500人が収容された。神戸又新日報の連載「俘虜の玉突屋開業」からは捕虜がビリヤード場を開くなど楽しみを見つけていた様子が分かる。大阪毎日新聞のルポルタージュでは、毎週木曜に外出を許され、現在の加東市社や加西市北条町に出掛けて若い女性に心引かれる姿が描かれている。

 捕虜たちの職業は、大工や技術者、写真師などさまざま。作品の展覧会を伝える神戸新聞の記事もあり、楽器や金属製品、おもちゃ、自動車など「細微な点まで行き届いた製作ぶりは驚嘆に値する」と指摘する。

 大阪朝日の「ドイツ俘虜を利用せよ」の記事は、大阪にあった収容所の捕虜が電気や食品製造などの技術を持ち、注目されていたことを記している。

 岩井さんは「国民レベルでは憎み合っていなくても戦わなければならない戦争の悲惨さが分かる」と指摘。捕虜の扱いでは「日本はハーグ陸戦条約に基づき適切に行っていた。なぜ第2次世界大戦ではひどい扱いになったのか」と残念がる。

 24日午後1時半から、青野原町公民館(加西市青野原町)横の倉庫で、岩井さんが捕虜の暮らしや音楽活動について講演する。無料で予約不要。

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