社説

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 阪神・淡路大震災の発生からきょうで25年を迎えた。

 街から目に見える傷痕が消えて久しい。大多数の被災者は安心できる暮らしを取り戻した。一方で、隠れていた制度の壁が年月とともに姿を現し、乗り越えたはずの人を再び「被災者」へと引き戻す。これが四半世紀を経た被災地の現実だ。

 苦しむ人がいる限り、震災は終わらない。最後の一人まで救うためにどんな仕組みが必要か。復興とは何か。私たちは問い続け、またここから歩み始めようと思う。

        ◇

 あらわになった壁の典型が「借り上げ復興住宅」の退去問題だろう。

 兵庫県と県内5市が被災者向けに民間の賃貸住宅などを借り上げ、公営住宅として提供した。震災翌年の1996年、公営住宅法の改正で導入された仕組みで、自治体が直接建設するより住宅を早く確保でき、費用も安く済む利点があった。

 ところが、多くの住宅で20年間の借り上げ期間が過ぎると、神戸市と西宮市で要件を満たさない入居者を市が提訴するケースが相次いだ。裁判では退去を命じる判決が続く。

 突然家を失い、移り住んだ復興住宅でようやく得た、安心できる住まい。退去命令が、高齢となった被災者の健康や暮らしの先行きに与えるダメージは計り知れない。

 市側は「公平性」を強調する。一般市民や自力で住宅再建した被災者らと比べて不公平だという。

   個別の再建支援を

 だが同じ制度でも宝塚、伊丹市は全員が住み続けられるようにした。兵庫県と尼崎市は一定の要件はあるが、健康状態などに応じ柔軟に継続入居を認めている。自治体間のばらつきこそ被災者には不公平に映る。

 画一的な線引きで退去を迫るか、一人一人の状況に配慮して工夫するか。法制度を誰のために、どう使うかが生活再建の質を左右する。行政は改めて被災者に向き合うべきだ。

 東日本大震災以降、被災者の個別状況に応じた生活再建計画に沿って支援する「災害ケースマネジメント」の導入が進む。2005年のハリケーン被害で、米連邦緊急事態管理局(FEMA)が始めたとされる。

 仙台市が仮設住宅入居者の生活再建支援策として実践し、熊本地震、西日本豪雨などの被災地でも採用された。多くの原発避難者が暮らす山形県も、昨年から「避難者ケースマネジメント」を導入した。

 鳥取県は16年の地震を機に取り組み、18年度に全国初の条例化に踏み切った。個別訪問による実態調査をもとに世帯ごとの生活復興プランを作成し、専門家による支援チームを派遣する。

 費用捻出が難しい世帯に建築士を派遣し、支援金の範囲でできる修繕方法を助言する。借金を抱えた世帯は弁護士が相談にあたる。健康不安を抱える高齢世帯には保健師が同行する-。多様な団体が被災者の個別事情を共有し、支援策を探っていく。定着すれば、被災者の生活再建を促すとともに平時の地域の課題解決力につながっていくだろう。

   新たな災害法制へ

 阪神・淡路大震災は、新たな災害法制を生んだ。被災者らの粘り強い運動で1998年に成立した「被災者生活再建支援法」だ。住宅を含む生活再建を公的資金で支える、初めての仕組みだった。

 被災者支援を巡る法制度は他に、災害対策基本法、仮設住宅の提供を定める災害救助法、遺族や重度障害者に現金を給付する災害弔慰金等法などで構成される。それぞれが災害のたびに継ぎはぎされ、新たな線引きからこぼれ落ちる被災者を生み続けている。

 昨年、これらを一本化し、切れ目のない支援を実現する「被災者総合支援法案」を関西学院大学災害復興制度研究所が発表した。

 被災者自身が支援内容の決定に参画する運営協議会や不服を申し立てられるオンブズマンの設置、災害関連死の防止義務などを盛り込んだ。

 検討メンバーで、災害ケースマネジメントを提唱する日弁連災害復興支援委員長の津久井進弁護士=兵庫県弁護士会=は「最後の一人まで救うために必要な仕組みを形にした。残された課題に光を当てるきっかけにもなる」と指摘する。

 借り上げ復興住宅だけでなく、震災当初のアスベスト(石綿)飛散による健康被害、震災障害者の実態把握などの課題は、今なお積み残されたままだ。

 一人一人が尊重される「人間の復興」を見届けるのは、被災地で生きる私たちの責任でもある。

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