社説

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 伸び盛りの若者や企業が、東京へと流出していく。阪神・淡路大震災から25年を迎える神戸の姿だ。

 かつての首都機能移転の議論は行き詰まり、一極集中に拍車がかかる。人口や企業の減少は、他の地方都市にも共通する。

 ただ、神戸の場合、雇用や街のにぎわいに大きく関わる経済復興のあり方も、無関係とはいえない。

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 震災直後の1998年、神戸市は復興の柱の一つとして、ポートアイランド2期に医療関連の研究施設や企業拠点を集積させる構想を打ち上げ、医療「産業」都市と銘打った。

 世界的な成果が続々と発信され、治療への導入も始まっている。市の集計では1万1千人が働き、経済効果は1500億円を超す。

 だが構想開始から20年を経ても、かつてのミナトや鉄鋼・造船のように、医療が地域の産業を支える柱にまで育ったとは言いがたい。

 重厚長大のイメージが強い神戸の経済だが、内閣府の地域経済分析システムで市内製造業の事業所数や常用従業者、付加価値額を業種別にみると震災前の93年は食料品が従業者で2位、ほかは1位だった。2017年はすべて首位となり、いずれも全体の2割前後を占める。製造業全体の付加価値や従業者は減ったのに対し、食料品は伸びている。

 官民が目指した復興は、医療に加え企業誘致や新産業の創造が大きな柱になっていた。しかし神戸経済の姿は、大きく変わらなかった。

 震災復興で構造転換は進まなかったが、これを「神戸らしさ」と捉える逆転の発想が必要ではないか。

地場産業の新たな衣

 食料品製造にはスイーツや総菜、パン、ハムなどが含まれる。中でも「パン・菓子」の付加価値額は最多だ。生活に密着し「神戸ブランド」として知られる商品も少なくない。

 開港以来の洋食文化や職人のネットワークなど、有形無形の地域資産は古くから市民に溶け込んでいた。

 73年、神戸商工会議所や市は「ファッション都市宣言」を打ち出した。ファッションに直結するアパレルだけでなく、清酒や菓子、ケミカルシューズなどの地場産業に、生活文化の向上に資するという新たな衣をまとわせた。

 深刻な石油危機に直面し、日本の高度成長が岐路に立っていた時期だ。見慣れた製品群に時代の先端を行く新たな価値を創出したことが、神戸の自信や誇り、そして街の個性や経済の振興に結びついた。

 だが、今や自信や誇りは失われた-。昨年末、ファッション都市の再定義を考える会合で、多くの市民参加者があげた声である。

 観光客数では京都や大阪に、人口は福岡に後れを取った。若者を引きとめる魅力が生み出せず、誇りが失われているのなら悪循環だ。

変化に応じ資産磨く

 その中で食料品製造が健闘しているのは、ブランドを裏打ちする資産価値が色あせない証しと考えられる。食料品に限らず、足元の資産を再認識し新たな衣をあつらえる発想が、復興に十分生かされただろうか。

 資産価値を保つには、環境の変化に合わせて磨き続ける必要がある。

 好例はケミカルだ。震災で業者数は激減したが、価格競争を脱却すべく、独自製品の開発など高付加価値化に挑む。「神戸シューズ」として売り込む動きも本格化した。

 パンやスイーツでは全国、さらには海外へと展開する例が多い。神戸ビーフもイメージを高める。ほかの地場産業もさらに磨きをかけたい。

 市は医療産業に加え、起業家育成にも力を入れる。先端の研究成果や多彩な発想を、資産を磨く糧にする貪欲さも欠かせない。

 変化を取り入れ、産業を発展させるとともに生活の質を高める。開港以来の神戸のDNAは、震災25年を経ても途切れていないと信じたい。

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