日曜小論

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 その男性のことは、インドネシアに住む知人のブログで初めて知った。かの国と日本との間で汗を流した人はたくさんいるが、「特段の活動をされた」と書いていた。

 三浦襄(じょう)さんという。「ゆずる」と読ませる本もある。日本が第2次大戦に敗れた後、57年間の人生を自ら絶った。1945年9月7日、つまり74年前の昨日である。

 なぜ自裁したのか。

 作家戸川幸夫さんは新聞記者だった戦時中、三浦さんとインドネシアで会っている。その思い出などにもふれた著書「戦場への紙碑(しひ)」や知人のブログなどによると、こういういきさつらしい。

 三浦さんはバリ島で店を長く営んでいた。インドネシアが独立できるよう努力する。そう約束するまじめな人柄が信頼を得て、「大旦那」と呼ばれていたそうだ。

 しかし敗戦で約束は吹っ飛んだ。アジアの解放という大義名分は雲散霧消し、三浦さんは信じてくれた人々へひたすら謝り続けたという。

 そして占領軍が入る前、引き金に指をかけた。遺書4通のうち1通は島の人々へ宛てたこんな内容と、「戦場への紙碑」にある。

 「心ならずも真実を歪(ゆが)めて伝え、日本の国策を押しつけ、無理な協力をさせた」「私に寄せられた信頼に、私の誠意を示すとき」「おこがましいのですが、私が日本人みんなの責任を負って死にます」

 なんと誠実な方か。ひとたび戦争が始まると、こうしたかけがえのない良心をのみこみながら悲劇の坂を転がると、あらためて感じる。

 竹島をめぐり、「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」とツイッターに投稿した衆院議員がいる。この議員は北方領土についての暴論でも批判を浴びたのに懲りていない。戦争を知らない世代が戦争を軽々しく口にする。きな臭い時代に入ってきた。

 そう思いませんか。戦火にほんろうされた三浦さんの写真に問うてみる。

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